小鼓の名器

バイオリンにストラディバリウスと言う名器があるように小鼓にも各流儀の宝と言うべき鼓胴があります。しかし現在はそういう物も各地に散らばってしまって名が入っていても他人の持ち物と言うことも少なくありません。

今日も博物館などに行き届いた管理の元に死蔵されている、文化財という名の下に朽ち果てていく能面、鼓などを見ると心が痛みます。人の住まなくなった家や乗らない自動車などと同じように見るに耐えない物があります。前記の通りに小鼓などは楽器としての完成に三代かかる程なのに舞台にでていない物は非常に可哀想でなりません。

明治期に発行されていた本に各流の名器のお話が掲載されています。当然今は事情が変っている物もありますが差支えの無いところでこの時代の事を紹介します。

先日「幸清次郎---」と名の入った胴をベネチアの某所で見たと言う話を聞きました。是非、日本の能舞台に戻してあげたいものです。

下記以外にもご存じの方は最新情報お待ちしています。お待ちしています。

幸清流

重宝十八と記されていた胴がこのときすでに一つも残っていないと書かれています。

鼓胴 特徴 いわれ 当時わかっていた所在
大椿   不明
小椿   播州龍野の脇坂淡路の守様方
鶴菱 鶴菱の紋散らし 傾城が窪の土肥様方
志賀 「鼓の趣は枯れ木に花のある如くせよ」と言う意味で能の志賀の負柴(志賀では臣下に呼び止められた樵の老人が薪に花を折り添えて背負っています。)が描かれていたそうです。後に寂の心という意味で蜘蛛の巣が書き添えられたそうです。枯れ柴に花の図柄は多いようですが本物には蜘蛛の巣があるそうです。 井伊様方

大倉流

鼓胴 特徴 いわれ 当時わかっていた所在
瓦落し 四代目家家元が元和元年二月奈良興福寺南大門前の薪能に於いて海士の「よしそれとてもはわきぎに」と言うところに打った頭の音が激しく響いて南大門の軒の瓦が一枚落下したという。初代折居作蒔絵は密な唐草又は葛の沈金彫という。 奈良帝室博物館
  海松に貝の蒔絵の胴、目盲折居作 秀吉公より拝領の鼓
  猩々の蒔絵
  姫折居作ツワ蕗の蒔絵の胴
  初代折居作黒胴の鼓 家元所蔵
面影 正確には不明

たぶん名前の通の蒔絵でしょう

不明
大薄 信州某地以後不明
小薄
大鳴子 会津公以後不明
小鳴子

幸流

鼓胴 特徴 当時わかっていた所在
タツト 不明 焼失又は不明
上手下手ナシ
ライシ
大芒
小芒

 

現在は上記の物の中でいくつか所在のわかっている物があります。